May 03, 2012

やっぱり階段が好き

 

大昔に撮った鎌倉の階段写真を前回投稿してから、やっぱり自分は階段が好きなんだなぁとつまらないことに感心してしまった。好きであることに感心したわけではなく、好きであり続けていること、そのワンパターンぶりに感心したのだった。

その後、まったく別の写真を探そうとしてこれまでiPhoneで撮った画像をつらつら眺めていたら、もう一枚出てきたのがこれ↑。
階段といっても、去年、諏訪のほうに旅したときにとある神社の横をふらふら登っていったら出くわした、簡単な造りのもの。ちょっと加工してinstagramという写真シェアリングサイトに投稿したら、ずいぶんと反響があった。

階段が好きな人はわたしだけではないらしい。
Pinterestという写真クリッピングサイトに、わたしは"windows, doors, staircases and..."というカテゴリをつくっていて、そこにタイトル通り、気に入った窓と扉と階段の画像をクリップしている。Pinterestではユーザが勝手にカテゴリをつくって、好きな画像をクリップするのだが、他人がクリップしているものを、カテゴリ別にフォローすることが可能だ。そして、わたしの"windows, doors, staircases and..."だけをフォローしている人たちがいる。そういう人たちのページを訪れると、"windows" とか "doors" とか "stairways" といったカテゴリがあったりする。

なぜ人は階段(の画像)が好きなんだろうなあ。

ちょっと考えただけではよくわからないので、今後の課題としてみる。
しばらくほとんど放置していて無料アカウントに格下げされていたflickrのアカウントをまたプロに戻し、だいぶ前に撮ったいちばん好きな階段の写真をもう一度眺めてみた(いずれ、もうちょっと上手に撮りたいと思っているが)。

ついでに、階段tagで引っ張るとこれだけ撮っていた→★

もうちょっとありそうなので、今度時間のあるときに改めてtagづけして整理するつもり。ちなみに、階段の上から撮ったものが少ないのは、絵になりにくいからという単純な理由による。

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Mar 28, 2012

photo from my early years

 




photo from my early years, originally uploaded by ya ma.


部屋の整理をしていたら、昔撮った写真のプリントがぱらぱらっと出てきた。当時実家にいた猫をコンパクトカメラで撮ったものなどはもう笑うしかないけれど、初めて中古で買った一眼で撮ったものは、たぶん自分なりに勢い込んで撮ったものらしくカッコつけてて別の意味で笑ってしまう。
そして、見事に人間の写っていない写真ばかり。

そういえば学生時代、海外旅行をしたときも人のいない風景や建物の写真ばかり撮ってきて、子供を産んでからほとんど家族の写真だけを撮り続けてきた母に呆れられた。
コンパクトデジタルカメラで、それなりに意識して撮るようになってからも、人の写っている写真は本当に少ない。もちろん「撮ってもいいですか」とか「笑ってください(笑わないで自然にしてください)」などと言うのが気恥ずかしいとか、そんな理由もないわけではない。ただ、どうもわたしにとって、カメラを構えることイコール人のいないところを撮ること、のような気もしてきた。

同じようなことを、flickrを始めて間もない頃、そこで出会った友達と撮影散歩に出かけたときにこのブログにも書いていた。→撮ったり撮られたり(2)


それからもう5年以上も経つのに、相変わらず人を撮るのはうまくない。そしてそのわけは、大昔に撮ったこんな写真1枚にも表れているのではないかと、さもいましがた発見したようにいいわけしている。

とはいえ、そんなふうに言い張り続けているのもちょっと芸がないので、去年はこんな写真も撮ってみた。

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iPhoneにしてから少し隠し撮りができるようになったのだった――シャッター音がうるさいので静かなところではまだ無理だけどね。

知らない人たちの集合写真をカメラマンとしてではなく、ただの通行人として横から撮るのが夢だったので、ちょっと嬉しかった。まだまだ修業は続く……

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Mar 20, 2012

死なれることについて

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(承前)
死とは生の中断であり、その意味では万人に平等にやってくるものだと書いた。だが、自分の死ならともかく、目の前で大切な人の生が中断されるのを受け入れるのはやはり難しいものだ。死は、死んだ人のものではなく、残された人のもの。残された人がそれをどのように受け止め、受け入れ、手放していくかが、古今東西の文化、宗教の関心事だったように思える。

自分があちこちに書き散らかしてきたブログの類には、なぜか知人の死を悼む、あるいは知人の死を契機に書かれた記事が多いことに先日気づいた。
いちばん早いものは、06年にかつての同僚のパートナーが亡くなったときの記事。そのときはまったく言葉にならず、写真だけを載せていた。その後、少し年上の親戚の女性が独り暮らしのマンションで亡くなった。まだ40歳そこそこだった。月曜日、出社してこないのを訝った同僚が離れて暮らす家族に連絡し、部屋を訪ねて週末のうちに発作で亡くなったらしい彼女を発見したのだという。このときは葬儀に参列したあと、わりあい長い文章を当時やっていたmixiの日記に書いた。09年にはふたつ年上の友人Sが亡くなった。そのことはこのブログに書いている。昨年末、若い友達が亡くなって以後の自分の気持ちは別のところにずいぶん書いた。

亡くなった人を送る儀礼はいろいろあって、それぞれに意義深い。個人的には石でグリッドを組んだり、香やホワイトセージを焚いたりして祈るのがしっくりくる。祈ると言っても、神や阿弥陀さまに対してではなく、亡くなった人に対して語りかけるような感じかもしれない。やり方はそれぞれでいいのではないかと思う。一方で、係累や故人とか関わりのあった人々が見送る儀式に参列することも、亡くなった人への気持ちを自分でとらえ直し、他者のそれと合わせるという貴重な時間だし、時間が経ってから行われる儀式は生者の間での気持ちの区切りともなりうる。
どれもが、中断されてしまった誰かの生と、それでも生き続けていかなければならない自分の生(いつかは中断されるにせよ)と「折り合いをつける」ための工夫なのだ。そして、その多くは先人たちによってよく工夫されている。
それでも、どうしても拾いきれないことがあって、わたしは書くのだと思う。そういう意味で、死者について書くのはとても個人的なことだ。ほとんど独り言、つぶやきに近い。でも、書かずにはいられなかった。それしきのものを、いままで読んでくださったみなさんに感謝したい。

そしてこの感謝を、西洋占星術的な折り返し地点、もしくは新しく生まれるポイントである春分点にちょこっと刻みつけておきたいと思った。

たぶん、「死なれる」ことについてわたしはこれからも書き続けるでしょうが、もしもおつきあいいただければ幸いです。

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2012年、太陽魚座最後の日に。

 




after you've gone, originally uploaded by ya ma.

西洋占星術では、春分の日から新しい1年が始まる。というわけで、今夜は大晦日。
1年は太陽が春分点を通過した=牡羊座に入ったときから始まり、12星座の最後、魚座を出ていくところで終わる。大晦日の今日、太陽は魚座の最後を運行し、明日牡羊座に入る。このことは西洋占星術の象徴を使うなら、魚座を泳ぎ切って一度死んでから、牡羊座に入ってざばっと海から上がってオギャーと生まれる、と表現されたりする。

だから、今日は(今日も)死について考えた。ここ8年くらいの間に身近な死をいくつか経験し、死についていろいろと思いを巡らせてきた、自分なりに。
さらに遡れば、22年前に父を亡くしたことが契機になって、死についてずいぶん考えた。そのときに考えていたのは、次のようなことだった。

死というのは必ず個別のものなのに、抽象化された死について語ることに果たして意味があるのだろうか。また、死によって大切な何者かが失われたとき、残された者の思いは千差万別で、喪失感は共有されないものではないか。

最近になって、その考えが覆るわけではないけれど、翻って死の個別具体性ではなく、「共通点」について考えるようになった。

死にゆく者にとって、死はつねに「中断」あるいは中途半端な終わりなのではないか。というのも、死によって一つの生が中断されるわけだから。
どれほど周到に準備され、告知され、予定された死であっても、それは一つの生の完結ではなく中断として訪れる。むしろ、生の完結とは中断そのものだと言い換えることができるかもしれない。あるいは、中断する/されることによって完結するのが生であると。
たとえばわたしの父のように、ある程度の余命を告げられても(本人に告知されなくても○年という言い方であればたいていは伝わってしまうものだ)、それは「諦める」ことによって「やり残した」ことが減るだけだ。自死の場合も、すべてを完璧にやりきって、というわけはなく、未完に終わることがいくつも残るだろう。「やり残す」ことは、残念なことなのか。若すぎる死は、惜しいことなのか。そういうことは、ある意味で、残された者がどこにフォーカスするかで変わってしまいかねない種類のことではないだろうか。

生きる者はつねにその「中断」(自身の生の中断)をおそれ、予感し、あるいは忘れたふりをして生きている。生というものは、そもそも中断される性質を生まれつき内包しているにもかかわらず、いつまでも連続していきたいという指向もどこかにプログラムされているのだろう。

「充分に生きた、満足である、みんなありがとう」といって死んでいくことがさも「よい死」であるように言われているが、それは死んでいく人の「身振り」であって、死にゆく者も残される者もお互いにその死を「よい死」であったと認識するための儀式のようなものだろう。儀式といって悪ければ、愛情を込めて最後に交わす別れの挨拶のようなもの。

だが、何かを思い残さないような死が、果たしてあるのだろうか。そして、死が「中断」である以上、思い残すことなく満足のいく死を死ぬことが、果たして理想の死なのだろうか。本当にそんな死を目指して生きるべきなのだろうか。

すべての人に平等に、この生の中断が訪れる。生まれたての赤ん坊だろうと、子どもであろうと、100歳を超える老人だろうと。ひっそりした一人の死であろうと、兵器による大量殺人、あるいは天災による大量の死者であろうと。


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長くなってきたので、ひとまずこの辺で「中断」。太陽が春分点を通過する前に、もう少し書き足す予定です^^;;

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«一人で阿佐ヶ谷住宅に行った。